今週のお題「方言」

 以前の記事で「方言コンプレックス」とでも言うべき人物の話にちょっと触れたので、別のエピソードを。
 その昔私が勤めていた会社での話である。
 当時、私は発注先への報告書の提出期限が迫る中、作業に追い込みをかけていた。
 既に深夜0時を回り、とっくに終電はあきらめ、始発で帰って風呂に入ってから引き返して始業に間に合わせるパターンでもういいかと思っていた頃である。
 部署には複数チームで総勢10数名が在籍していたのだが、私の案件の納期が一般に納期が集中する年度末の時期からずれていることと、私の案件のチームがかなり上の上司との2名編成だったため、力技で何とかしなければならない場合は、下っ端の私が担当することになるという関係で、部署内で徹夜を覚悟して残っている者は私と部署のボス(兼務なので実態は複数部署を束ねた事業部のボス)だけであった。
 そして、深夜2時頃、部署内の誰かの電話が突然鳴った。
 大体終電が終わる時刻あたりから+1時間の間は、家族(男性社員の場合はほとんどが奥方)からの電話がかかってくることが多い。
 このときは、「つい先ほど(何時とまでは言わない)退社されました。」と答え、会社用携帯に即刻電話(こういう電話がかかる社員は大抵家族用の携帯を切って、会社用の携帯だけ開けている)し、さっさと家族に連絡してください、とほぼできあがっている状態であろうと連絡するのが通例(というかしきたり)であった。
 この電話もそうだろう。
 そう思いながらピックアップする。
 こちら側が会社名を告げると相手側から1秒ほど居酒屋のざわめきのような雑多な環境音が聞こえる。
 間違い電話だろうか?
 そう思った瞬間、音が割れるほどの男性の大声が響いた。
 その声にはかなりの怒気を含んでいるのは分かるが、何を話しているのか全く聞き取れない。
 そもそも何語かさえ分からない。
 申し訳ございません、少し聞き取りづらいのですが・・・
 そう応答すると、「○○(うちの会社名)さんやろ?」とはっきり聞こえるのだが、その後の話している内容が全くもって理解できない。
 確実にうちの会社名あてにかかってきた電話で間違い電話ではなく、こちら側の日本語は完全に理解でき、相手側も少なからず流暢な日本語がしゃべれるはずなのにほぼ全てが理解できないしゃべりかたをされる。
 さらにピックアップしてしまったので、どのプロジェクトの誰あての電話かも分からないので翌日折り返すと切り出してから会話がほぼ成り立たない状態でも電話を終わる方向にももっていくことができない。
 ああ、だめだ。詰んだ。
 そう絶望していると、私の脇に私以外に唯一残っていた部署のボスが立っていた。
 彼を見上げると身振り手振りで「私に電話を代われ」と言ってくる。
 今思えば、下っ端の電話応対を雲の上ほどの人が引き継ぐなど恐れ多いにも甚だしいのだが、その瞬間は、ものすごく助かったぁ、と思いながら引き継いだものである。
 で、その顛末はというと、「方言」ネタで書いているので想像はついているとは思うが、発注者の山間地の現場事務所で酒盛り中にうちが納めた報告書を読んでいたところ、むちゃくちゃなところがあったらしく、酔いに任せて怒りの電話をしてきたとのこと。
 普段は標準語を話す努力をしてくれているらしいのだが、部署のボスがその発注者らといっしょに飲みに行き、酔いが回ると、地の方言が出てしまうため、8割は理解できないらしい。
 電話の声が割れるほどの大きさであったため、遠くからでも誰からの電話なのか分かったと教えてもらった。
 あと、この世の終わりを見たかのような絶望に満ち溢れた顔をしてたら普通助けるで、とおどけて付け加えられて激しく恐縮したのを覚えている。
 と、「方言」に関する教訓めいたエピソードでもないのだが、時に大変なことも起こりうるものだ、というぐらいでお茶を濁しておくことにする。