坊主と袈裟

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということわざがあるけれども、例えば、とある人物が崇拝する人物やら好む思想なんかがあったとして、そのとある人物が自身にとってネガティブであって、自身の嗜好がその人物のそれと相反している、もしくは自身が中立であって迎合するものではないときにホッとする気持ちはそのことわざで表現できるのか、という話。(いや、まぁ、例えばでもないんだけども)
 後者は、ある意味結構後ろ向きというか、ディフェンシブな領域として防衛機制なんかで説明できそうなところなのだろうとは思う(同一視の逆だとか合理化あたり?)のだけども、前者のことわざの方は、ディフェンシブな領域じゃないんじゃないかなぁ、という気もして、それどころか全く別の意味なんじゃないんだろうか、とか。
 前者のことば自体のイメージは別として、単純に論理化してしまうと、全体をポジティブもしくはネガティブに判断している状況下では、その付属する一部が全体のそれに判断が引きずられてしまうことを指しているはずなので、後者において付属する一部に対する判断が固定であって引きずられることを考慮さえしていないことを考えると、全く違うという気もする。
 と、まぁ、こういったくだらない話ってのは早々に流れたわけではあるが、実のところ、結構変に考え込んでいたりした。
 ありがちな感情だとは思うのだけども、はたしてそれを示すような慣用句やことわざみたいなのがあるのかと思い巡らせてみたけど、稚拙な脳では思いあたらない。
 大雑把に表現すれば、都合の悪いことは見なかったことにしたい的な意味(ホッとするという意味で「したい」であって「する」ことまでを表現してはいない)なので、それっぽいのはありそうな気もするけども。
 ことわざを英語で、なんてのは中学英語でも結構ある(というか、こういった状況では外語に変換して日本語に再変換することで、ことわざを思い出したりする手法として用いているだけだが。知人が三国志を読み返すみたいなことを言っていて、少し似てるかも、とか思ったりしたことがある。単に海外の似た知見をあたるみたいなところで、だけども)んだが、それで思いついたのは、Love me, Love my dog. だったんだけど、ググってみたら間違いっぽいな・・・
 To hate the ground he treads on. らしい。
 そんなんあったっけ?
 結構色々丸暗記した気がするが、もう、今更どうでもいいけども。
 というか、憎いのに逆のloveはあかんでしょ、逆じゃんか、という。
 それにしても、あの訳って、いまだに謎なのは、私を愛す「なら」〜という前方が仮定になっているのが、どうも理解できないという。
 だって、両方とも命令形でそれが並んでるんと違うんか・・・とか思ってしまうし。
 多分、そんなだから、英文法のテストで0点を叩き出せるんだとは思うんだけども。(高校のときだけどな)
 まぁ、いいや。
 それにしてもトレッドとか難しいなぁ。(いや、難しくないのかも知れんけど)
 トレッドってタイヤの溝じゃん?
 その動詞って何なの?とか思った。
 知らん単語なんてそんなもんだし。
 こんなこと書いてても、瞬間的に覚えたようで、翌日には忘れてそうだけど。


 そして、何も解決していない。