なんたらの法則

 その昔、マーフィーの法則と言う、ビバリーヒルズコップに出てくるアニキとはまるっきり関係のないモノが流行したことがある。
 多分、流行した当時の経験がなくとも、非常に分かりやすい構造のシロモノであるため、知っている人も多いとは思う。
 ただ、確率の世界から考えれば「失敗する可能性があれば、必ず誰かがその失敗する落とし穴を踏み抜く」とか「失敗すれば同じ失敗が何度も起こる」などといった現象は認知バイアスによる感覚的な問題としてある程度は処理できてしまえるし、災害が起こった際の「今回が100年確率」という表現のように1つの現象の結果と確率との感覚的認識が大きく乖離することによる誤った認知として説明し得る場合もある。
 しかしながら、現場で行動する者からすれば、問題が発生すれば社会から認知バイアスなどが働きやすい状況下であることを本質的に十分認知し、より強く律する必要がある。
 だれが言い出したのか分からないが、1度問題が起これば、翌日(1日め)、10日(1週間と言う人もいた)、1ヶ月の節目には現場において強く気を引き締めさせろ、というのがあって、事故直後の「ああいう事故には遭いたくない」といった恐れの感情やその恐れが薄まって若干緊張が緩んだ状態であるとか、今までどおりの心理的平衡に移る段階などに伴う集団心理的な乱れにより引き起こされる事故(もしくはヒヤリハットなレベル)を経験則として捉えたものであるといえる。
 昨日5/19の新名神高速道路余野川橋(下り線)のベント転倒(とはいえ、仮設備なだけあって見た目は倒壊だが)事故は、4/22の落橋事故からほぼ4週間後というタイミングで起きており、事故に至る技術的問題はまだ調査中とのことで不明とはいえ、先の現場作業者の事故につながる心理状態の経験則からすれば、人災とまで強弁できるものでは決してないが、幸い負傷者は出なかったものの、予防できる可能性がどこかにあったのではないかという気がして残念でならない。
 今回の現場の施工業者はIHIインフラシステムでその名のとおり石川島播磨重工業を前身とする企業ではあるが、実質的には数社の大型鋼構造物事業を合体させて成立した企業である。
 こういった合従連衡セクショナリズムに絡めてデメリットを説く者も多いが、たとえば、TVでも何度か特集されたことがあるため見聞きしたことがあるかも知れないが、トルコの大型吊り橋を受注することが可能になるのもそのメリットとして挙げていいように思う。
 まぁ、それに触れると、イズミット橋のキャットウォーク落下事故を持ち出す人がいそうなので早々に退散する。
 今回の現場においてNEXCO西日本は発注に際し、余野川橋(下り線)だけではなく余野川橋(上り線)、A1ランプ第三橋、止々呂美橋(下り線)の4橋という鋼多径間連続箱桁橋および鋼多径間連続鈑桁橋をセットにして一般競争入札方式をとった。
 また、入札公告に『本工事は、「企業の高度な技術力」として入札説明書に参考として示した図面及び仕様書(以下「設計図書」という。)又はそのうちあらかじめ指定する部分(以下「標準案」という。)に係る社会的要請の高い課題についての施工上の工夫、具体的な施工計画その他の提案(以下「技術提案」という。)について記述した確認資料の提出を求め、入札価格とその他の技術的要素を総合的に評価した結果、西日本高速道路株式会社にとって最も有利な入札者を落札者とする総合評価落札方式の工事である。』という、定型文ではあるのだが、総合評価落札方式という安いだけじゃなく技術的な部分も数値化して評価して発注業者を決めますよという方式である。
 では、今回の事故の現場は、技術的な評価が必要な高度な技術力を必要とする施工箇所であったのかというとそうでもなさそうである。
 専門家であれば、現場の模式図から工事の難易は判断できそうではあるが、とりあえず、資料だけに当たるとして、同じく入札公告には技術提案に対する評価項目のうち、施工計画の箇所をそのまま抜粋すると、

・A1ランプ第3橋を含む余野川橋(上り線)の構造特性(長支間少数鈑桁、分岐構造等)を踏まえた、設計または施工に関する留意事項
なお、設計に関する技術提案は、基本設計に対する課題とその解決方針、施工を踏まえた設計方針、構造特性を踏まえた解析手法等、詳細設計を実施するうえでの留意事項に関するものを求めており、具体的な構造変更の提案を求めるものではない。
また、将来の3車線構造への拡幅対応に関する提案は求めない。
①構造特性を踏まえた詳細設計に関する留意事項
②供用後の点検に配慮した詳細設計を実施するうえでの留意事項(防錆仕様、使用材料の高耐久化、検査路の追加等、過度のコスト負担を要する仕様または構造に関する提案は評価しない)
③鋼構造物の製作における品質確保に関する留意事項
④床版コンクリートの施工における品質確保に関する留意事項(鉄筋またはPC鋼材に関する提案は評価しない)
・送出し架設の施工に関する留意事項
①止々呂美橋(下り線)の送出し架設における出来形精度向上に関する留意事項
②余野川橋(上り線)A1〜P3間の送出し架設における出来形精度向上に関する留意事項
③余野川橋(上り線)P6〜P9間の送出し架設における出来形精度向上に関する留意事項
・施工箇所の現地条件を踏まえた工事中の安全対策に関する留意事項
①鋼桁輸送に関する留意事項
②止々呂美橋(下り線)の送出し架設に関する留意事項
③余野川橋(上り線)P6〜P9間の送出し架設に関する留意事項

というかなりの箇所を留意しなければならないことになっているが、長々と引用しておきながら何だが、余野川橋(下り線)単体については何も求めていない。
 求めていないからといって高度な技術力は不要で、低い技術力でも施工が可能であるわけではないが、入札業者によって施工方法や提案内容に差が生じることの少ない枯れた技術で施工されるべき工事であると考えてもよいのではなかろうかと考える。
 事故現場の写真を「新名神高速道路の工事現場における事故の発生について」にて確認すると、ベントの基部がフレームアウトしていて分からないが、自転車を停めている感じから舗装道のような比較的平坦で施工時に支障物が多い現場ではなかったと考えられる。
 また、少なからずベントが支えるはずの橋梁から完全に離れて倒れていることと、橋梁が支えを失って崩壊したわけでもないため、たとえ支えを失っても留まってさえいれば片持ちが可能なのか、単にベントを撤去中だったのか、いろいろ想像はつくが、およそ発注者が現場復旧を終えて架設が進んでも原因が調査中になっているところからすると、多分、しろうとでは考えが及びもつかないような何かがあるのかもしれない。

 で、結局何なのかというと、事故に気をつけるのは常日頃から継続し連続して行うことが当たり前ではあり、使い古されたことばで表現するなら「無理、ムラ、無駄」を除去することは当然重要なわけだが、人心やそれの集合体である集団心理に近い現場の雰囲気といったものの「ムラ」は人間の生理的部分に根ざす要因も大きいため、論理的対応のみで簡単にその原因を根治することは難しいと思う。
 穴が空きそうなら埋めるといった即時的な対応が世間では忌避される傾向にはあるとは思うが、現実的にそういった手法がもっとも効果的で明解である場合もあると考えてもよいのではないかと思う。
 ただ、マーフィーの法則のようなものをどこまで適用するのかは難しいところではないかとも思う。