凶暴

 東京オリンピックの各種疑惑の調査を・・・やりはじめるかもしれんなぁ、むにゃむにゃ、といっているうちに、様々な事件が起きて当事者は、安心するまでもなく当然のことだと思っているかも知れないが、いずれにせよ、民に忘れられれば問題ないといえば、問題ないかもしれない。
 個人的に、すっきりしないだけなのだが、先ごろ東京オリンピックのために過去廃案になってきた「共謀罪」を修正し法案として提出するというような報道を聞いて、また「東京オリンピックのため」という呪いがかかるんじゃないのだろうかとか思ってしまった。
 さて、「共謀」というと辞書的には複数人が示し合わせてものごと(おもに悪事などの否定的案件)を成し遂げること、的な意味として捉えると思われる。
 ちなみに、犯罪に対する一般的な認識としては、刑法の世界での「共謀共同正犯」に該当すると思われる。
 「共謀共同正犯」の説明は、面倒なので他に譲るとして、例えば、AがBに「Cをちょっとシメようぜ」といったとして、Bが「いいね!」と返した場合、刑法的にABの「共謀」が成り立つのかというと、常識的な範疇で考えれば分かるように、現実にCに対して何も行われていなければ、犯罪には極めてなりにくい(「共謀」以外の領域では間接的に犯罪にあたる可能性を否定しない。また、民法上訴訟になる可能性もなくはない。)と思われる。
 また、実際には、たとえCに対する行為が実行されたとしても、「正犯性」が問われる関係上、「共謀」に該当するかどうか法廷上で争われることになると思われる。
 さて、「過去に廃案になった」といわれている「共謀罪」がいかなるものだったか、あらためて探してみると結構面倒くさかったのだが、衆議院第156国会の議案である「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」のことで、衆議院のサイトを漁ると見つけることが可能である。
 第156国会の時点では、『衆議院で閉会中審査』と表示されているが、第157国会で審議未了となり廃案となっている。
 この「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」は、そのタイトルどおり「等」である。
 一部で「共謀罪法案」などと呼ばれているが、「共謀罪法」などという法があるわけでも、新設されるわけでもない。
 で、実質的に「共謀罪」に該当する部分は、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」の第六条の二で、提出時の法案を抜粋すると、

 第六条の次に次の一条を加える。
 (組織的な犯罪の共謀)
 第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
  一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
  二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
 2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。

となる。
 実をいうと、条文中のどこにも「共謀罪」などという罪状名を定義してはいないが、そこはいろいろ察する方向で、ということとする。
 で、これのどこに問題があるかを考える前に、今回「東京オリンピックのために」という形になりそうなものが、当時はどういった目的でそれらの法改正を行おうとしたのかを考えなければならない。
 そのヒントは、法案の末尾にある理由の項にあり、これを抜粋すると、

近年における犯罪の国際化及び組織化の状況にかんがみ、組織的に実行される悪質かつ執拗な強制執行妨害事犯等に適切に対処するため、強制執行を妨害する行為等についての処罰規定を整備するとともに、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結に伴い、組織的な犯罪の共謀等の行為についての処罰規定、犯罪収益規制に関する規定その他所要の規定を整備する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

である。
 で、注目すべき点は、『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結』である。
 「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」についての説明は、外務省のサイトをみてもらうとして、非常に微妙なシロモノである。
 当該リンク先のページにもあるように、『我が国は、上記のイタリア・パレルモにおける署名会議に参加し、署名を行い、この条約を締結することについて、2003年5月に国会の承認を得ました。しかしながら、この条約を締結するための国内法が国会で成立していないため、我が国政府として条約を締結するに至っていません。』という宙ぶらりんな状態が十数年にもわたって放置プレイをされ続ける(し続ける?)という特殊性癖にはたまらない状態であると言えなくもない。
 あくまで、個人的な考え方ではあるが、国際法(条約、国際慣習法など)と国内法(憲法、法律など)の優先順位を考えたときに、条約は法律より上だろうし、条約の精神が法律に反映されていないことによって諸外国に迷惑をかけるような事態になれば、国際的な非難にさらされるとともに、内政干渉云々という話ではなく、逆に国際的な賠償を行う必要さえ生まれると考えて行動するぐらいの気構えが必要ではないかと思っているが、法学者からすればそれはいろいろあるので、そういうところは専門家に譲る。
 で、当該条約については、署名すれども締結せずという状態で、はたしてどこまで効力があるのかとか、すでに長い年月が経って、条約の内容の一部が国際慣習法化しつつあることなどを考えれば、実質どうなの?というところではある。
 全体的な扱いはこのぐらいにして、では『この条約を締結するための国内法が国会で成立していない』とはどういうことなのだろうか。
 これは、とりもなおさず、当該条約に国内法で規定されるべき事項として条件が付されているからである。
 該当箇所(日本語版)を抜粋すると、

  第五条 組織的な犯罪集団への参加の犯罪化
1 締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
(a) 次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
 (i) 金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
 (ii) 組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為
  a 組織的な犯罪集団の犯罪活動
  b 組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)
(b) 組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し、指示し、ほう助し、教唆し若しくは援助し又はこれについて相談すること。

である。
 条文を読んだだけではちんぷんかんぷんかもなのだが、書いている本人も大雑把にしか理解していないし、執行者側でも該当者でもないのでまぁいいかというレベルである。
 ただ、感覚的に、条約の第五条1の適用範囲と法案の第六条の二のそれを比較すれば、後者側が広そうだ、と思うぐらいでいいと思われる。
 感情的、イデオロギー的な解釈は別として、当時の実態として、条約の第五条1は国会としてOKを出したが、法案の第六条の二だとNGだ、というようなことだったという理解が素直な解釈であろうかと思う。
 とはいえ、他にも考え方はいろいろあって、たとえば現行法で締結可能ではないかという考え方もあったりする。
 例えば、国内刑法における「罪刑法定主義」(大雑把にいうと、あらかじめ規定した犯罪しか刑に処されない考え方。少し違うが、怪しい素振りをしていたからといって誰かが勝手に想像して結びつけた罪状で警察にしょっぴかれることがないみたいな感覚)からすれば、実行の着手や準備などに関わらず、定められた罪罰が援用されるような法案が必要であるとすることは問題があり、また、重大な犯罪については予備罪が規定されているため、条約の第五条1を既に満たしているんじゃないの?という考え方である。
 ただ、ここのところの国際的犯罪の問題からみて、当条約の目的である「国際的な組織犯罪の防止」に対応できているかどうかを考えると、厳しい国内法があろうと国際的な組織犯罪は起こりうるし、十数年そのままの国だからといって、国際的な組織犯罪の一大拠点として名を馳せるわけでもないところをみると、どこまで実効性があるのだろう、すでに法整備では限界がきていてその運用やもっと大くくりな内政的なものの差で振れてしまうんじゃないだろうか、などと不遜なことを考えてしまったりもする。
 とにかく、また荒れそうな法案を持ち出したと世間を賑わしそうな話ではあるが、しろうとの私のような底辺レベルが知っている程度の内容を最低限の持ちあわせた上で、さらに高度な知見を積み上げた者がその是非を議論してもらえることを切に願う。(あえて具体名は出さないが、そういうことである。)

 でもなぁ。
 東京オリンピックにからめると大抵ろくなことになっていない気がするので、建設的な・・・。